千栗八幡宮シリーズは、一の実在する木を、想像のフィクションではなく、写真に映しとり、百態を切り取り、百の意味付けを見出だすプロセスを完成体としています。

仏陀が菩提樹の下で悟りを開いたように。

佐賀県三養基郡みやき町にある、肥前国一之宮「千栗(ちりく)八幡宮」の境内に生えている一本のクスノキの大木を撮影し、トリミングによって構図をつくります。仏教伝来とともに発展した墨絵や書画を基調とした画風にこだわっています。合成や不要なオブジェクトの削除やブラシツールでの描画は一切行いません。あくまでも写ったままを色合いの調整だけで作ります。

筆も墨も必要ありません。木の枝が私の筆と墨になっってくれます。

文字の創作性と書道の筆さばきの造形美を木の枝だけで表現しています。

完成した画像に、自分の勘にしっくりくる仏教用語を選び、ネーミングするというプログラムです。予めどの言葉をテーマにするのかを先に考えてから意図的に絵図を決めることは出来ません。

浮かび上がってきたかたちは象形文字のようでもあり、時に抽象的、時に山水月下の趣であったり、変幻自在にメッセージを伝えるように浮き上がって表れて予想がつきません。その行為はまるで古来から木が世界中で信仰の対象となってきたシャーマニズムのようだと感じています。

現在はより墨書の趣に特化した画風になっています。

この工程によって制作された画像を、プリントアウト、または転写したものを切り絵の技法でカットし、デジタル作品に留まらずハンドメイド作品として幅広く展開しています。

デジタルアートとハンドメイド、書画、そして歴史的・宗教的な制作のプロセスを様々ミックスして生まれた、出会いと好奇心のカタマリのアートです。


New art style

The Chiriku Hachimangu series is designed from the shape of the branches of camphor trees that grow naturally in Chiriku Hachimangu, Miyaki-cho, Miyaki-gun, Saga Prefecture.

Most of the Chiriku Hachimangu series are produced based on Buddhist terms.

千栗八幡宮シリーズは佐賀県三養基郡みやき町 千栗(ちりく)八幡宮に自生するクスノキの枝の形からデザインされます。

千栗八幡宮シリーズのほとんどが仏教用語に基づいて制作されます。

千栗八幡宮ご由緒

〒849-0111 佐賀県三養基郡みやき町白壁2403

御祭神: 応神天皇、仲哀天皇、神功皇后

      難波皇子、宇治皇子、住吉明神、武内宿禰

御由緒

「鎮西要略」によれば「神亀元年(724年)肥前国養父郡の郡司壬生春成が八幡大神の御神託を蒙(こうむ)って

千根(ちこん)の栗が生えている地に創祀した」と伝えられています。

なぜ「千栗」と書いて「ちりく」と読むかというと、壬生春成が千栗山に猟をしに行くと、八幡大菩薩の使いである

一羽の白い鳩が飛んできて弓の先に止まりました。その晩、白髪の翁が丸い盆に千個の栗を盛って枕元に授

け、「この地に八幡神を祀れ」という夢を見ました。翌日、再び千栗山に猟に行くと、何と逆さに植わった千個の

栗から栗の木が一夜のうちに生い茂っていたことから「くり」を逆さにして、「ちりく」というようになったとの言い伝

えがあります。

承平年間(931年〜938年)に宇佐八幡宮の別宮になり、以来、五所別宮(大分八幡・千栗八幡・藤崎八幡・新田

八幡・鹿児島神宮)の一と称せられ朝廷からも厚く崇敬を受けていました。

慶長14年(1609)には後陽成天皇より「肥前国総廟一宮鎮守千栗八幡大菩薩」の勅頼を賜りました。

中世以降は肥前国一の宮と呼ばれています。

毎年3月15日に、日本三大粥祭りの一つである「お粥だめし」(通称「おかいさん」の神事)、8月1日には「名越

祭」(通称「輪くぐりさん」)、9月15日に秋の大祭「放生会」・「行列浮立」が行われます。

また、1992年のバルセロナオリンピック金メダリストである柔道の古賀稔彦選手は、少年時代にこの神社にある

146段の石段を足腰の強化のために上り下りして金メダルを取るほどに成長したことから『栄光への石段』と呼

ばれています。これに肖ろうとスポーツの鍛錬として石段を使ってのトレーニングに励む人達も少なくありませ

ん。

-みやき町観光協会-

千栗八幡宮 神宮寺『弥勒寺』

●考察

千栗八幡宮は日本全国の八幡宮の総本社である宇佐神宮と時を同じくして八幡神が示現し、宇佐よりも先に創

建されました。聖武天皇の御代である神亀元年に千栗八幡宮が、翌二年には宇佐神宮が。そしてその時代こそ聖武天皇が日本に鑑真和正をもって仏教伝来を求めた時代でもありました。

千栗八幡宮が創建された年に遥か中国の揚州で日本からやって来た日本僧たちに渡日を請願され、

和上がかの有名な「是法のための事なり。何ぞ身命を惜しまんや。諸人去かざれば、我即ち去くのみ」と論じた

年でもあります。鑑真一行が最初に鹿児島の坊の津に到着した後、佐賀県の嘉瀬津に上陸し、大宰府で日本で初めての授戒を行ったとされています。

来日した和上は彫刻や医薬の知識や多くの書物によって日本の文化の発展に寄与します。書道もまた鑑真和上によって大きく発展した文化のひとつといえます。

千栗八幡宮の裏には千栗八幡宮の神宮寺としての天台宗の弥勒菩薩の古刹があり、和上との仏縁を感じずにはいられません。そして、その千栗八幡宮との出会いはいみじくも改元の年の春であり、私の名前にも千の文字を戴いていることは不思議なご縁を感じて、よりこの木との出逢いに運命的なものを感じるに至りました。この日が「シルクロードの日」であったことは後になって知ったうれしい話です。神功皇后が三韓征伐の折りに活躍された、安曇磯良の一族であろう海人族を頼って鑑真和上が大宰府に入った事を伺わせます。

なによりも、この木の素晴らしさをもっと知ってもらうお手伝いが出来れば良いなと思う気持ちが原動力になっています。昨今では木の重要性を忘れられがちで、木が邪魔だと言う人も少なからずいます。そのせいで樹齢のある巨木でさえ保護が疎かにされて、その価値がわからず衰えていく木、伐採される木が後を絶たないことに胸を痛めてしまいます。また、「佐賀県」という地域は世間一般では「田舎で何もない」と揶揄されることが多いので、それを聞くたびに、「田舎だからこその自然豊かな恩恵を私たちは受けているのに」と残念に思います。佐賀県の端っこに存在する千栗八幡宮の、この危うげに斜面にそびえ立つ美しいクスノキの素晴らしさをもっと知ってもらうため、とても田舎のイメージが沸かないと思ってもらえるような作品を作って、地域の貢献とひいてはこのクスノキの保護に協力できれば思います。木を大切に守ることは、そこに宿る鳥や生き物たち、地下水源、温度調節等それらが結果となって私たち人間の生活を守ることに繋がっているのです。木の魅力を広めることは、世知辛い私たちの心にやさしさやゆとりを与えてくれると思います。

また、千栗八幡宮シリーズの命名は一種のシャーマニズムのようだと感じています。

『木と神』

神様の数え方を「柱」と数えます。

この柱は、分解すると、「木」の「主」と書いて柱になるのです。「主」は「そこにじっと立っている、支える」という意味です。

人間は土の中から植物のように生まれ育ったと考えられていて、「人間一人」の別称に「ひとつぎ木」という表現を用いて歌を詠んだりしていました。そこから、樹木が敬意を払う対象となり、ご神体、神像などを「柱」で数えることにつながりました。多くの信仰の中で、木は神霊が依り斎くものとして神聖視されます。それが転じて「人柱」という風習が生まれました。

造化三神の一である高皇産霊神は、太陽に向かって伸びる高い木を神格化した「高木の神」でもあります。

また、須佐之男命は日本神話の重要な神のひとつであり、自らの体毛を木に変えて日本中に植林したとされる樹木の神でもあります。

中でも、千栗八幡宮シリーズでも使用しているクスノキは須佐之男命の眉毛から生み出されたとされる神聖なものとされ、三種の神器を納める木箱に使用されたり、須佐之男命を祀る神社では御社殿に楠の木を使用してはならないという言い伝えもあります。

それほどにこのクスノキを用いることはシンボリックな意味があるのです。

制作手順

№.102「仏国土」

№101「両界」

№100「一経其耳」

№99「内外」

№98「大我」

№97「正命」

№96「併」

№95「口称」

№94「南贍部洲」

№93「五百生」

№92「不立文字」

№91『运』- Un-

№90「法水」

№89「五香」

№88「月天子」

№87「回向文」

№86「西」

№85「見真」

№84「化」

№83「一実乗」

№82「易往而無人」

№81「斎」

№80「有」

№79「久修練行」

№78「棲山」

№77「性起」

№76「白業」

№75「工巧」

№74「住持」

№73「香偈」

№72「一月三舟」

№71「十住心」

Nirvana三部作

№70「円寂」

№69「寂滅」

№68「涅槃」

№67「入我我入」

№66「運心」

№65「止観」

№64「散心」

№63「定心」

№62「心地」

№61「妙道」

№60「智火」

№59「三周説法」

№58「身土」

№57「宝瓶」

№56「真如」

№55「金剛山」

№54「迷悶」

№53「済度」

№52「念処」

№51「七金山」

№50「二辺」

№49「炎網」

№48「宿世」

№47「八心」

№46「禅定」

№45「三生」

№44「月壇」

№43「一往」

№42「三縁」

№41「遣迎」

№40「二蔵」

№39「聖衆」

№38「梵」

№37「善巧」

つながり

№36「縁覚」

№35「声聞」

№34「四無量心」

№33「成道」

№32「浄衣」

№31「香華」

№30「善来」

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№29「一合相」

№28「一蓮托生」

№27「道楽」

№26「共相」

№25「授手」

№24「三界」

№23「自然」

№22「心所」

№21「心王」

№19「瀉瓶」

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№20「潤生」

№18「応供」

№17「相応」

№16「薫習」

№15「慧眼」

№14「慧日」

№13「火宅」

№12「逆流」

№11「如意」

№10「垂迹」(仮)

№9「一来」

№8「度脱」

№7「六道」

№6「絲」(よりいと)」

№5「縁日」

№4「寂光」

№3「菩提」

№2「三昧」

№1「三門」

花祭り三部作

みどりの日「尋香」

「焼亡」

「memory」

「岐路」

「幻化」

「幻化」墨